これからお話しするのは、私の中で一番古いほのぼのした「3歳の時の記憶」です。
私が小さい時(3歳まで)千葉で一緒に過ごした、懐かしい梅(うめ)お婆ちゃんの話しです。
お爺ちゃんとお婆ちゃんと一緒に住んでいて、お爺ちゃんとの思い出はいっぱいあります。
でも、お婆ちゃんの思い出はほとんどありません。
理由は、お婆ちゃんは子供の面倒見が悪く遊んだ記憶が少ないからです。
優しいお婆ちゃんだったけど、不器用で子供の扱いが下手だったと親戚中から聞いてます。
自分の子供も6人産んでるけど、一人は子供の時に病気で亡くなったらしいです。
そんなに産んでも子供の世話の仕方って、難しいものなんですね。
お嬢様育ちで、料理もド下手でしたd( ̄  ̄)
母曰く「私たちはお爺ちゃんのお姉さんが面倒をみてくれた」そうです。
そんなお婆ちゃんの記憶で、妙に鮮明なものがあります。
天気の良い日に、庭の縁側に座ってた時のこと。
お婆ちゃんが、鶏を懸命に追いかけていました。
広い庭で、鶏と追いかけっこをしてるんです ٩( ‘ω’ )و
お婆ちゃんは「草狩り鎌」を持って鶏を走って追いかけてました( *`ω´)
逃げる鶏も必死ですΣ(‘◉⌓◉’)
想像してみてください。
鶏が羽を広げ、大きな口をあけて、おなかを膨らませて、2本の足で必死に逃げる光景を。
「コケーーー」じゃなくて、「ゴケーーガガっ、ガーーー」と言葉に書けない叫び声をあげてました。
鶏もかなり必死( *`ω´)
かなり長い時間に感じた追いかけっこでした。
いつもゆっくり歩くお婆ちゃんが、必死で走り回って鶏を追いかけてる姿が鮮明に、今でもずっと記憶の中に残ってます。
このシーンだけが切り取られた動画のような記憶になっています。
別に鶏が可哀想と思ったからじゃなくて、その光景にインパクトがあって印象深く記憶に残っているだけなんです。
まだ3歳ぐらいだった私の記憶。
だから、ただの動画編集のカットみたいに残っているそうな感じです。
お婆ちゃんが何をしようとしてたのかも意味も分かってません。
大人になってから友達に話すと、みんな吹き出して笑います。(^.^)
言われると笑える光景なのかとも思えますが、私のとってはそれがほのぼのとした記憶なんです。
私ひどいかな?(_ _).。o○
その鶏は、毎朝たまごを産んでくれてました。
その玉子はぬるくて暖かい玉子でした🥚
人肌の暖かさって奴です( ◠‿◠ )
動物を飼っている人はその暖かさを知っているはずです。
ほっとするような暖かさです。
気持ちいい暖かさです。
毎朝、鶏小屋に玉子を取りに行くのが「私の日課」でした♪( ´θ`)ノ
いつも鶏小屋には、玉子がいっぱいあり食べる分だけとってました🪺
ある日から段々と、玉子を産む量が減ってました。
でも、鶏はちゃんと毎朝玉子を産んでくれてました。
恐らく、その鶏がもう玉子を産まなくなった頃の記憶なんだと思います。
だから鶏はお婆ちゃんに追いかけられたんだと。
その後、私はその鶏を食べたかも死んだのかも記憶にありません。
ただ、ある日から鶏小屋に鶏が一匹もいなくなったと言うことだけ覚えてます(T . T)
考えなくても、その鶏の最後は「食べた」に違いないと想像できます( i _ i )
それは、お婆ちゃんが家族のために頑張った記憶です。
お婆ちゃんは88歳に米寿のお祝いをして、93歳で亡くなりました。
明治生まれの祖母が平成まで生きていたのだから、すごい生命力だったと思います。
お嬢さん育ちの白い肌の綺麗な祖母でした。
お婆ちゃんの優しいあたたかい温もりは覚えてます。
残念ながら、祖母と話をした記憶は少ないです。
お爺ちゃんは70代で亡くなってます。
お爺ちゃんとはたくさん話をしていつも遊んで貰ってました。
だから思い出がいっぱい!
なのにお婆ちゃんの記憶の中の声は「千葉の太巻き」を教えて貰った時の声だけです。
今ではインスタでキャラクターの太巻きははいっぱい広がっていますが、
50年ほど前はお婆ちゃんの太巻きにワクワクしてました。
お婆ちゃんは太巻きにチューリップの柄や女の子の柄を入れたり可愛い太巻きを作ってくれました。
これは「祖母の勇逸の自慢料理」です。
甘くて、可愛くて、とっても美味しかったです(o^^o)
私の記憶が幻しだったかと思う時もありましたが、親戚の人達にあった時に現実だったと思えました。
誰かが同じ記憶を持っていたからです。
私と同じ記憶の話しをしてくれた時にそう感じます。
やっぱりそんな過去があったのだと理解できたのです。
人の温かみは記憶が繋げてるのでしょうか。
一緒に過ごした過去は暖かいものに感じます。
私の母も不器用で、私も不器用です。
お料理も適当で感でやってます。
そんなところはお婆ちゃんと同じ気がします。
私には子供がいないので、不器用な血統はここで途絶えます。
それはいい事なのか、勿体無いことなのかはわかりません。
でも、私に関わった人がきっと何かを繋いでくれているのかもしれません。
そんな縁を作ってるかも知れません。
良い繋がりならイイですけど。
人の出会いは奇跡だと思います。家族との出会いにしても縁で繋がってます。
ダラダラ生活の中で、ふっと思い出したことからツイ考えてしまいました。
お婆ちゃんやお爺ちゃんから貰った未来、家族から貰った未来、鶏から貰った未来を大切にしたいです。感謝の記憶を今日の日記に残しました。
ありがとうございました(^-^)
@じゅんちゃん(Jun Blair)

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